最近、詩書き場がとても賑わっていてうれしい限りで、ついぼく自身あてられて投稿していますが、是非ぼくの作品を下に押しのける形ででも、ぼくのレスポンスへのレスポンスや、どなたかの作品への感想など、各種レスポンスも賑わせてくれるとうれしいです。あとリンク(向かって右上にございます)を張ってございます掲示板的スペースは、現在は閑古鳥繁殖期ですが、しぶとくやっていきます。最近聴いた曲、最近観た映画、読んだ本、「〜〜のオススメは?」といったクエッションなどについて語らえればなーと思っています。
以下思い出し記事。
「ゲリラ祭」なる、ぼくが通う大学の裏武闘学園祭にバンド(ドラム、シンセ、ギターでの即興ノイズ)として参加した訳ですが、かなり楽しかったです。
開演十五分前ぐらいにドラムが入ってくれて、結構まともになりました。思い返してみると彼はうまかったんだなあ。ぼくはシンセを担当したのですが、ステージングが地味だったのがイヤになるところです。まあ初めてのライブ(ヒップホップ・MCをやった経験しか無かった)だったのでステージングがかっこ悪いのは当然なんですけど、つくづくぼくは真人間なんだと思いました。真の変態やトんじゃってる人はそういうセオリーが通用しないものですからね。
リズムがあったからなのか、あとで(あまりノイズを聴かない人にも)「そこまで聞き苦しくなかった」「逃げ出したいほどじゃなかった」といわれて、よく分からない気持ちになりました。ちなみに軽音サークルに入ってる後輩なんかからは「ギターの人、すごいカッコイイノイズ出しますね」とか「シンセって内臓エフェクトだけであんな音出るんですね」というような感想を貰いました。
五分ぐらい余ったな、でもハケるか、と思っていたらギターが「もう一曲やりまーす」とマイクして、「ラモーンズでいいよね?」などと言い出し、なぜか『電撃バップ』をやるハメに。楽しかったのでいいんですけど。結果的に完全燃焼に近づけたので。ただドラムの人が「(その曲)知らねえ!」とか言っていた気がする。
次の番の後輩に「楽しそうだな、と思ったら乱入してきて」と頼んでおいたら、どこからか拾ってきたスティックでドラムを叩いたりシャウトしたりしてくれて嬉しかったのですが、もう一人勝手にシンバルを叩きだしてくれた人やドラムセットにタックルしてきた人は結局誰だかわからないままです。
やっぱりああいう集中っていうのは楽しくて、その時間を思い出すとき、ほかの記憶と全然質感が違うんですね。
- 2008/06/27(金) 09:09:57|
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これまた随分前に書いた小説ですが、アップいたしました。右上のリンクよりどうぞ。
それと、個人的な興味から掲示板を作りました。デザイン等はまったくイジっていないですが、雑談・趣味交換に使っていただければなー、と。どうやらココをご覧になってくださる方は総じて博覧強記であるようなので。気が向いたら議論もどうぞ。
- 2008/06/20(金) 19:52:59|
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金曜18時ぐらいから、学内で即興ライブをやる運びとなりました。となりにある動物園まで響くようなノイズを出したいと思います。名前は果たして「ザ・学生運動ズ」で良かったんだろうか。たぶんダメだ。
小説を一つアップしました。既にアップした『ルナティック・ジュヴナイル』とかよりも前に書いていたのですがタイミングを失っていたヤツです。お暇なときにどうぞ。
- 2008/06/12(木) 23:52:24|
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父が買ってきたので、エレカシの新譜を聴く。もう随分話題になっているが、とにかく『翳りゆく部屋』がすばらしい。原曲も好きだし、何年も前にあった椎名のカバーもすごく好きなのだが、エレカシ、というか宮本のそれはとにかくすばらしい。
『翳りゆく部屋』は詞も曲もまさにユーミンの味というか、写実的でビジョンが明示されるリリックと、斜陽のもの悲しさ・もの狂おしさに似たペーソスあふれるメロディがかみ合った作品だが、皆さんご存知のとおりユーミンは別にヴォーカリストとしてすぐれているわけではない(ぼくは決して嫌いでないが)。そこのところ、カバーアルバムではスピッツ、陽水、椎名に大貫妙子、松崎ナオにキリンジと面子を揃えた結果、粒ぞろいの作品になっていた。
ただ宮本のうたう『翳りゆく部屋』はそれら秀作より頭一つ抜けている。
彼のヴォーカルは決して破壊的でないし、それそのものが創造的であるわけでもない。彼のヴォーカルは、とにかく響く。伝達性がある。「こっちまで来る」のである。音源(圧縮された演奏者)とオーディオが「共鳴によって作動する装置」であるなら、リスナーをも装置の回路の中に組み込んでしまうタイプのミュージシャンというのがいて、宮本のヴォーカルはその一種だ。破壊的なミュージシャンはオーディオから一線を発してリスナーを攻撃するし、創造的(建設的?)なミュージシャンはオーディオによって何かを建築し、リスナーを包囲する。伝達性の高いミュージシャン……これはメッセージ性が強いというわけではない……彼らは普遍的に人を感動させられる。文芸もそんな分類は可能だろうか?
- 2008/06/03(火) 02:23:08|
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