ルナトリウム
文学部大学生♂・シュウのモラトリアム日記。詩(投稿自由)とか小説とかもありますよ。

今月読んだ本
・金井美恵子 『愛の生活』
・川上弘美 『センセイの鞄』
・澁澤龍彦 『犬狼都市』
・保坂和志 『この人の閾』
・松浦寿輝 『花腐し』

まあ全部面白かった。川上、澁澤、松浦は同時に入手したので、ぼくの主観ではさながら同一巻のなかにある三つの物語のように思われている。が、まさか三つ全部に、割と直接的にセックスの翳が落ちているとは思わなんだ。いや『犬狼都市』が多分にエロスを含有するのは知っていたんだけれど。
世代も違えば性別が違いもする三冊の本であるからセックスの描かれ方も様々だけれど、性というのは結構ありふれた素材である。それがために書き手の個性を問うわけで、単なるポルノには性の魅力を、やはりあまり感じられない。成年コミックを買うよりか、山本直樹を読んだ方がよっぽど興奮できるというものだ。
しかし松浦のエロスには恐れ入った。やはり文学者として長年やってきた人間が、歳相応の文章によってセックスを描くだけで、老獪さとかいやらしさをありありと客観性を以て表現できるものなのだ。エロの青臭さばかりを表現しようとしている場合じゃないのかもしれない、ぼくも。



  1. 2008/05/19(月) 23:25:10|
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ぼくぐらいの歳になると、音楽ファンはある程度丸くなってくるのか、ハイエンドな音楽を聴くようになる。先輩たちはジャズに傾倒し始めたり、友人がブルースを聴きだしたり。そんな中、最近カウパーズとかニューキーパイクスとかキウイロールが聴きたくてしょうがないぼくは、やはり青春依存症なのだろうか。
はっぴいえんどを聴いてのんびりゾクゾクしてもいるし、カーネーションはカッコよさそうだ、と思ったりもしているが、どうにもまだスカッとガリガリしたものを聴いていたい。というかそういうのをやりたい。「音楽をプレイする側に立ったとしたら」という妄想でもそうだし、詩にしろ小説にしろ、「スカッとガリガリ」という理想への向きが強い。



  1. 2008/05/12(月) 10:12:28|
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東清高さんが下すったコメントを受けて。
ぼくは『寄生獣』は、どこまでいっても日本マンガ史における「名作」のひとつだと思うが、あの作品の凄いところは、「博愛」の欺瞞性を暴きつくすことで博愛のかたちを見出さんとしたところだと思う。コメントに頂いたように、殺人鬼・浦上は「どうして人間は暴力をガマンできるんだ」という旨の発言をする。
誤解を恐れず言うなら、フィクションか否かは関係なく「イジメ」は楽しいと、ぼくは思う。自分より弱い存在に、自分の能力を見せつける行為というのは、ひとの客気を見事にカタルシスへと昇華させてしまう。それは錯覚だ、とは露も思わない。それは純粋な喜びでありえる。
ただ、自分の中に生まれる、まじりけの無い悦びと、他人が受ける苦しみを、どこまで同次元のものだと思えるかが問題になる。この概念は確実に必要であるし、持たざる者は低劣であり続ける。勿論そこまで踏み込むと、たぶん美談は無力で、とても面倒で神経が細る思いをしなければならなくなる。
それが一種の試練であるところぐらいにしか、人間が人間である意義なんてものは無い、などと偉ぶって言えるかもしれない。
エサを吊るされた時にどれだけガマンできるか、考慮に時間を割けるかは、人間のステータスなんじゃなかろうか。

『ソドムの市』については……あれほど針を振り切っちゃうと、シリアスに見えなくなる危険というのが出てくるものですよね。少なくともぼくには、ある種のギャグととれてしまう箇所が多くて……。
物語におけるリアリティというのは、どれだけ現実に即しているか、ではなく、あくまでも、どれだけその物語を現実として捉えられるか、だと思うんですが、ぼくはあれを思い切り現実とは捉えられず。もちろん露悪性だけでいうならバッチシ「悪意」のカタマリだと思いますね。



  1. 2008/05/02(金) 21:59:29|
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最近よくフリーゲームの類をプレイするが、それらのゲームは商業作品よりも「悪意」の率が高いと思う。大体ここでいう「悪意」というのは、不気味さとか不親切さなんかのかたちで表出するんだけど、ゲームというフィールド自体にそういう性質があるのかもしれない。
フリー作品だけに、クリエイターのやりたいことが出来る、というのは強みではある。そこに概して悪意が見えがちであること。
スポーツというフィールドが健全なメンタリティばかりではなく擬似的な狩りとしての側面を持つように、ものごと全てには「皮一枚剥いた時の表情」があって、たぶん人としての勝負というのは、どこまで異質な表情に対して真摯になれるか、なのだ。



  1. 2008/05/01(木) 08:58:23|
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