怒髪天じゃないが、ビールは燃料である。冷えたビールと塩っ辛い肉。これ以上に人間が夜に必要とする組合せがあるだろうか(いや、あろうはずがない)。酔って帰って自堕落に寝て翌日風呂に入るのが好きです。怠惰丸出しで。
ずっと積んでいた小説をいい加減消化しないといけない、と思い手をつける。村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』。結局昨日は、新宿行って帰って、という道中で四十一頁しか読めていないが面白い。
龍の、生物のイメージが大好きである。無機物を、ものすごい洞察力で、無機的なまま「有機体のグロ」に昇華させるあの手腕は何なんだ。何度盗もうとしても盗めない。同じアプローチが出来ない。あれはすごい。
『追悼のざわめき』と同じタイプのグロだな、と思う。
安部公房なんかも、有機的なグロを帯びた無機物を描くけれど別の次元の描写だ。公房は、彼なりの着想に肉付けしていく形で描写をするけど、龍の場合はシーンとか描写自体がヘビー過ぎて、本来シノプシスの上で踊るべき要素が、シノプシスに関与しまくっている。憧れるスタイルである。
ただ『限りなく透明に近いブルー』に劇的な衝撃を受けて何度も読み返していたからか、最近の短篇が全く読めなかった。『空港にて』というんだが、ティピカルな味になっていて惹かれない。
- 2008/02/29(金) 12:11:29|
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詩を書いて生きていければいいなー、と昔考えていたのを思い出した。それは詩によって生計を立てるということではなく、自分の環境としての詩を求めていたということだ。
マンガの世界も楽じゃない、と例のカッコいいギター・ボーカルの人に教えてもらって以来なのか? 詩を書き始めた中三ぐらいの時期や、少しだけ詩がうまくなっていった高校時代、たまにそんなことを考えていた。
今ほどではないにしろ、物語が明晰で論理的な世界だということを覚っていたのかもしれない。ぼくが書こうとする詩には、あまり物語を持たせまいというきもちが入る。ユーミンの詩のように、情景の中で人が明確に活動する詩は作れない。
圧倒的に常識から外れたルールを持つ世界、理性と感覚をそこに持ち込めるということ以外分からない世界。そういうものに憧れていた気がする。
今はどうだろう。そろそろ生きていくということをシビアに捉えさせられ始めているし、そうすべき年齢に達していると自覚している。でも、やっぱり変わってはいない。詩で自分を包括したい、というきもちは変わってはいない。
ぼくが、詩をうまく書きたいと思うのは、思い切り利己心からなんだなあ。小説なんかは、まだ人に向けようと書いている。虚栄心とか傑作意識で書いているけど。
- 2008/02/26(火) 10:34:40|
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ここ最近ブログにログインできないでいた。どうなっとんじゃ。小説も二つぐらいのっけます、明日。いやさ今日の昼間。
最近は時雨と羅針盤とスペシャルアザーズばかり聴いてます。五月に野音でROVOが出演するライブがあるとか。ちくしょう、行きたい。
- 2008/02/20(水) 02:25:49|
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