ぼくは新木場にソニックユースとのジョイントを観に行って「まあソニックユースが後に控えてるし、ボアダムスは抑え気味で見ようかな」とか偉そうにしていたがステージの後半には前列で踊り狂い大汗をかいた経験がある。
ルーツが割と近いところにあるスペースロックバンド・ROVOが、洗練したサウンドで造形美術的に《宇宙》を体現していくのに対して、ボアダムスはとにかくプリミティヴであって、シンプルに本質だけを浮かび上がらせた結果、宇宙的なイメージとしての輪廻観とかナチュラリズムを感じ取れるバンドである。この辺は生で見ないと実感できないし、あくまで個人的な体感なんだけど。
そんなボアダムスが、07年7月7日に、N.Y.でドラマーを77人集めて一斉に演奏するというクレイジー極まるイベントを敢行(今年は8月8日に88人でやったらしい)。今回ぼくが観に行ったのはこのイベントのドキュメント『77BOADRUM』である。以下感想覚書。
練習の模様とかセッティングとか、プレイヤーへの簡単なインタビューの分量がかなり適切。ただでさえ集中して観ないと面白くない(かわりに集中して観るととんでもなくトぶ)演奏形態だけに、小休止としてそういうクリップが功を奏していて、バランスはとても良い。
あとは「77人がドラムを叩く」様にどれだけ興味を持てるかで、ほぼ作品への評価が決まると思う。興味の大きさに感動が比例する、とんでもない映画だといえる。「興味」であって、間違っても「期待」ではない。的外れな期待を余さず満たす、という意味で言っているのではない。
宇宙空間を思わせるCGカットがイントロなのだが、その時に鳴り響く音がある。黒基調のカットとあいまって、残響を効かせた電子音にも聴こえるが、よくよく聴いてみるとシンバルの連打の音だと気づく。たぶん「ドラムがキーになっている」と知らずに観ていれば、もっと気づくのに時間がかかっただろう。
そのうち演奏シーンを観ていると、フレームインしているドラマー以外の演奏音が気になりだす。勿論そうすると、映し出されているドラマーの手の動きと音が噛み合わなくなる。その中で自分の集中のボルテージが上がっていくと、徐々に共感覚が生じてきて、音を聴いているのだか音を見ているのだか分からない感覚に陥る。もともとぼくたちは日常的に「音を見る」行為を行なえる。ステレオで音を聴いている時、片方のスピーカーを見つめると、主旋律がそちらのスピーカーだけから出ているように体感できるアレである。アレが自然発生的に起こる。
音が見え、そうして発散されるエナジーをも見る感覚はライブぐらいでないと味わえないと思っていたが、まさか映像を見て実感できるとは思わなかった。ただ77BOADRUMを生で観たい、という願望はそこまで強くない。あのイベントを真に楽しむには自分も叩くしかないんだろう。参加できたらすぐ死んでもいい。
感動的だったのは、客のノリが日本人とほとんど変わらなかったこと。ボアダムスを生で観た人間は、わけのわからない踊りをせずにはいられなくて、リーダーであるアイの声は、教祖への適性が窺えるほど明快である。自然に踊りを強いる彼らのパフォーマンスは純粋に音楽とは呼べない。あれは一種の宗教になりうる。
以前書いた、新木場で彼らを観た感想を見てみたら「何かを伝えようというのではなく、演奏によって広げたものに観客を取り込んでいる気がした」とあった。今でもそう思う。スピリチュアルなものというのは、指導者が人々へと教え啓蒙するものではないと思う。むしろ彼らのアプローチのように、何をか提示して、その中で「気づかせる」ことにこそ真の意義があるんじゃないだろうか。ひとりの神秘体験者が人々を従えるのではなく、体験の場を提供すること……。
話が逸れましたが、とても良い映画でした。ボアダムスをあらかじめ知っている人にしか思い切り勧められない作品でしたがね!